目次
序 章 エスノグラフィーで〈女子マネ〉の経験を可視化させる
1.〈女子マネ〉活動を活躍の場として再定義する
2.スポーツ組織におけるセクシュアル・ハラスメント問題
3.異性愛男性優位の関係構造である「ホモソーシャリティ」
4.関係構造の変容可能性はどこにあるのか―仮説の提示
❶ 制度・組織・個人の三層構造からみる変容可能性
❷ 仮説1:制度や文化を創り出す「キーパーソンの存在」―「個人」の行為戦略
❸ 仮説2:「女性比率の増加」と意思決定過程への参画―「組織」の政治的プロセス
5.本書の構成
1章 ハラスメントのないスポーツ組織を構想する―理論と方法
1.〈女子マネ〉はどのように論じられてきたのか―先行研究の検討
❶ ジェンダー化された〈女子マネ〉制度誕生の背景
❷ 性差別構造の再生産という問題
❸「主体的な選択」がもたらすジェンダー規範の強化
2.マネージャーと選手の対等な関係性を定義する―主体位置と権力差
❶ 大学運動部におけるマネージャーの主体性
❷ ジェンダー秩序と4タイプの主体
❸ 4タイプのマネージャー主体とその権力差
3.ホモソーシャリティ再考―ハラスメントが発生する関係構造を可視化させる
❶ ホモソーシャル連続体と権力差を生み出す「境界線」
❷「通時的で物語的な構造」による可視化―性的関係を定義する力の有無
❸「共時的で図式的な構造」による可視化―ホモソーシャリティの図式化
4.大学アメリカンフットボール部におけるフィールドワーク―調査概要
❶ 日本の組織におけるホモソーシャリティをどのように調査するのか
❷ 3つの大学におけるフィールドワーク
❸ アメリカンフットボールとは
Ⅰ部 「外部型」から「外部境界型」ホモソーシャリティへ―X 大学の事例より―
2章 組織の女性比率が0%から約30%に変遷した場合―現役チームと先輩チームの比較
1.チームの概要
2.〈楽しむ〉ことを目標に―参与観察にみる現役チーム
❶ 週末の練習風景
❷ 夏合宿の風景
3.〈厳しい代〉最後の経験者―Nさん(OB選手)の語りにみる先輩チーム
❶ 現役チームの合宿に対する評価
❷ アメフト部での生活
4.《女子マネキャラではない》Aさんと涙を見せる主将―変容要因仮説の検証
❶「12人目の選手」としての女子マネージャー
❷ キーパーソンとしての元チーフマネージャーAさん
❸「女性比率の増加」と意思決定過程への参画
❹ 選手の変化とリーグ昇格
3章 「マネージャー」としての経験
1.《私選んでここ来とんねん》―Aさん(元チーフマネージャー)の場合
❶《気をまわすこと》と自己主張との葛藤
❷《女の子》であることの意義
2.《私はなんかおかんキャラ》―Bさん(元チーフマネージャー)の場合
❶《普通の女の子》に戻り「母」能力を獲得する
❷《できればもうちょっと自分のことやる時間が欲しかった》
❸「境界」を生きるマネージャー
3.《女子って感じが苦手》―Cさん(退部者)の場合
❶ 入部理由と表向きの退部理由
❷《女子》感への苦手意識とセクシュアル・ハラスメント経験
4.《あの時ほんとに辞めてよかったんかな……》―Dさん(退部者)の場合
❶《安心感を持たせてあげる》先輩マネージャーへのあこがれ
❷《大学入ったイコール留学》を実現したい気持ちとの葛藤
❸ 退部後も《変に引きずっていた》悩み
5.X大学における「〈女子マネ〉型主体」と「母親代理型主体」の存在
まとめ―X大学アメフト部にみる関係構造の変容可能性と限界
1.組織関係構造分析結果
2.限界と課題
Ⅱ部 「外部境界型」から「内部境界型」ホモソーシャリティへ―Y 大学の事例より―
4章 組織の女性比率が約40%に達した場合―現役チームと先輩チームの比較
1.チームの背景
2.〈マネージャーシフト制〉のはじまり―参与観察にみる現役チーム
❶ 週末の練習風景における選手の様子
❷ 週末の練習風景におけるマネージャーの様子
❸ 夏合宿の風景
3.選手の〈ありがとう問題〉―Sさん(OGマネージャー)の語りにみる先輩チーム
❶ アメフト部生活
❷ 選手との関係性
4.外部男性トレーナーLさんと「専門性の強化」―変容要因仮説の検証
❶ 練習・試合におけるトレーナーの役割
❷ キーパーソンとしての外部男性トレーナーLさん
❸「女性比率の増加」の限界と「専門性の強化」の可能性
5章 「トレーナー」としての経験
1.《“フクドル”って呼ばれてて》―Eさん(元チーフトレーナー)の場合
❶ 入部理由と《フクドル》への就任
❷ 女性・素人であることの限界
❸ 権力を獲得するトレーナー
2.《アクティブになりたかった》―Fさん(元チーフトレーナー)の場合
❶ 入部理由と両親への反抗
❷ トレーナーとしての選手へのかかわり
❸ 客観的な視点を獲得することの重要性
3.Y大学における「才色兼備型主体」の存在と分化の影響
まとめ―Y大学アメフト部にみる関係構造の変容可能性と限界
1.組織関係構造分析結果
2.限界と課題
3.メンバーシップ型組織からジョブ型組織へ―めざす主体位置の再設定
Ⅲ部 「結合型」ホモソーシャリティという新たな関係構造の発見―Z大学の事例より―
6章 組織において「専門家」として位置づけられた場合―日本とカナダの比較
1.カナダのスポーツ文化とアスレチックセラピスト
❶ 多文化主義とスポーツ文化
❷ 学校制度とカナディアン・フットボール
❸ 専門性の高いアスレチックセラピスト
2.Z大学における制度的保障
❶ 体育会に所属する学生選手の持つ権利
❷《ペダルから足を外してはいけない》―Kさん(アスレチック・ディレクター)の思い
3.Z大学におけるアスレチックセラピストの持つ権利
❶ 診療所に所属するアスレチックセラピスト―Iさん(診療所事務局長)の語り
❷「労働者」と「患者」の権利―Jさん(診療所ヘッドアスレチックセラピスト)の語り
4.Z大学アメフト部における参与観察
❶ 組織構造
❷ 練習風景
❸ 試合風景
7章 「アスレチックセラピスト」としてのの経験
1.《メンバーが学内でハラスメントをすることはない》―Gさん(学生セラピスト)の場合
❶ インターンシップと職務記述書
❷ 女性上司からのパワーハラスメント
❸《プロ意識》をもったうえでの部内恋愛
2.《私はただ意地悪に振る舞わないといけません》―Hさん(スタッフセラピスト)の場合
❶ セクシュアル・ハラスメント対処の戦略
❷ 医療スタッフの位置づけ
❸ 不当解雇と「母」らしさ
まとめ―Z大学アメフト部における関係構造から可能性を探る
1.組織関係構造分析結果と課題
2.新しいマネージャー像についての思考実験
終 章 可視化させたの経験をどう生かしていくのか
1.「専門性の強化」および「制度的保障」の可能性と「性別二元制」の限界
2.組織内の位置を可視化させることで生まれる個人の「気づき」
3.スポーツ組織における対等な関係性構築に向けた権利の保障
4.本書の意義と今後の課題
5.まとめにかえて―ハラスメントへのこれからの抵抗
おわりに―私の研究のあゆみ
文献レビュー
文献リスト
索引
内容説明
ためし読み
本書では,〈女子マネ〉と括弧をつけることで,「雑用係」や「お世話係」といった役割に対するイメージ,「かわいい」や「ポニーテール」といった外見に対するイメージ,「献身的」や「男好き」といった人格に対するイメージが,その言葉に社会的に付与されていることを示している。このようなイメージがある一方で,男子運動部活動に所属する女子「マネージャー」の実態はあまり知られていないのではないだろうか。
本書は,大学アメリカンフットボール(以下,アメフト)部を対象としたフィールドワークを通してみえてきた「マネージャー」や「女子」としての経験を描き出すことで,運動部活動組織内での対等な関係性を構築するためのヒントを得ることを目的とするものである。
*
これまで本書の内容の一部を何度か海外で発表しているが,性差別問題を抱えた日本の〈女子マネ〉制度は,「アジア的」であり,「奴隷的」であるという反応を受けることが多い。特に北米では,〈女子マネ〉のような活動を「労働」の枠組みで捉えるため,〈女子マネ〉たちが報酬を得ず,むしろ自ら部費を払いながら活動していることを伝えると,絶句していた。
私は,マネージャー活動の中でも,ケガをした選手たちを処置する「トレーナー」業に着目し,カナダにおいて第一応急処置責任者〔First Aid Responder〕であるアスレチックセラピスト(以下,セラピスト)を比較対象とした。調査を進める中で,「労働者」としての意識を持つセラピストの中には,〈女子マネ〉と比較されることを侮辱だと思い,「チアリーダーと比較したほうがいいのではないか」,「〈女子マネ〉のような仕事は小学校のチームでその子らの母親が担っているからその人達の研究をすればどうか」,というアドバイスをいただいたこともある。しかし,〈女子マネ〉たちの担うトレーナー業は,「選手の身体に触れる」という点で特異なのである。また,私は〈女子マネ〉たちの主体的な実践によって,運動部活動組織を女性が活躍できる場として作り変えられるのではないかと考えていた。そして実際,マネージャーたちがカナダの有償コーチに近い活動を担っていることを発見したのである。
その1つの例として,アメフト専門雑誌『月刊ダッチダウン』の記事を紹介したい。2012年6月号に「2012活躍必至凄い奴」という特集が組まれ,その6人の中の1人として女性が選出されたのである。「もしも女子大生がプレーブックを読んだら―東京大学ウォリアーズOL を指導する女性AS の頭脳」という見開き2ページ分の記事には,1部リーグに所属する東京大学アメフト部におけるオフェンスライン(OL)というポジションを指導する,女性アナライジングスタッフ(以下,AS)のMさんが仁王立ちで大きく描かれていた。ASの主な役割は,ビデオ撮影したプレーを分析することであるが,「東大では,コーチとのコミュニケーションに基づいて,日々の練習の立案や,技術の指導,選手の状態管理など,ポジションコーチのアシスタント的な役割を担うことに挑戦している」という。
また,「プレー経験のない女性ASに技術的な指摘を受けることに抵抗はなかったのか」との問いかけに対し,選手らは「知識がなかった最初の頃は抵抗がありました。しかし,すごい勉強をして3年生になった頃には言っていることが的確になっていました。今ではコーチとほとんど変わらない信頼度です」,「寝る間を惜しんでビデオを見ているので,知識量はものすごく多いです」,「Mは僕らと一緒に戦っている」と答えている。東京大学では,「計5名の女性ASが,4名の男性ASと共に日々の練習を主導的に取り仕切っている」ことからも,女性が性別の差なく活躍している様子が描かれている。
私は,このような女性たちの実践を保障するために,運動部活動組織内での対等な関係性を構築する必要があると考えている。
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日本に〈女子マネ〉制度が誕生してから,既に50年以上が経過している。しかし,これまで〈女子マネ〉が男性中心組織へ参入することによって与えてきた影響は明らかにされていない。本書では,「〈女子マネ〉制度とそこに参入する女性が存在する限り,女性に対する差別はなくならない」と女性同士の対立を煽るのではなく,男性中心組織における女子「マネージャー」たちの経験を参考に,男子も含めて連帯し,「異性愛男性中心社会」を問いなおす方向をめざした。
また,私が〈女子マネ〉を研究対象とした理由は,単にスポーツ組織で活動する「女子」の実態を明らかにするためだけではない。むしろ,男性中心の組織や社会において,女性はいつでも補助的・性的な存在としての〈女子マネ〉のように扱われる可能性があることを意識した。それは,本人が望む,望まざるに関わらず,一方的な「客体化」の結果として起こりうるのである。しかし,このように客体として位置づけられ,服従化させられるような権力差があることによって,主体化の契機が生まれるという考え方がある。それは,組織構造内で劣位に位置づけられたものこそ,その内部のズレやほころびに「気づき」,行動を起こすことができると明らかにしたクィア理論の視点を参考にすることで見えてくる。本書によって,〈女子マネ〉に対する新たな見方を提供できればと思う。
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